Department of Biochemistry
Jichi Medical University School of Medicine

Our Research2.ゲノム編集

本動画の作成は2022年度 ファイザー公募型医学教育プロジェクトの支援を受けました。動画の二次利用、許可のない転載は禁止いたします。

ゲノムとは?

ヒトの両親からはヒトの赤ちゃんが生まれ、犬からは犬が生まれてきます。これは、人なら人、犬なら犬のゲノムを、子が親から受け継いでいるからです。ゲノムとは、その種類の生物であることを決めるすべての遺伝情報を含むものをさします。多くの生き物は、両親から1セットずつのゲノムが、子へと伝えられます。両親と顔や身長など、特徴が似ているのも、両親からゲノムを受け継ぐからです。そして、ゲノムの中には、体の設計図である遺伝子がいくつも並んでいて、人の体が形作られるだけでなく、そのヒトの特徴を決定します。遺伝子はゲノムの中で体の設計図となる情報をもつ部分を指す言葉です。生きるために必要なタンパク質やホルモンなどの様々な物質もゲノムの中に存在する遺伝子の情報によって作られます。

ゲノム編集とは?

ゲノム編集技術とは、ゲノムのうち特定の遺伝子を選んで加工し、働かなくしたり、違う働きをさせたりする技術です。ゲノム編集に必要なのは、ゲノムの中にある遺伝子を切るハサミの役割をする酵素です。特に細菌由来のCas9という酵素の発見・開発がゲノム編集をより身近なものにしました。この酵素に、狙った遺伝子のところへハサミを連れて行ってくれる役割をもつガイドをつけることで、狙い通りのゲノムに含まれる遺伝子を切断することができます。細胞の中に狙った遺伝子に結合するガイドのついたハサミであるCas9を送り込むと、ガイドが狙った遺伝子に結合して、そこでハサミが目的となる遺伝子を切り離します。遺伝子には切れた部分を修復する能力がありますが、ハサミで何度も切り離されているうちに、この部分の修復がうまくいかず異常な配列となり、元の働きができなくなります。これがゲノム編集によって最も利用されている、特定の遺伝子を働かなくする方法です。

ゲノム編集の疾患治療への応用

ではゲノム編集をどのように医療に応用するのでしょうか? 両親からの受精胚にゲノム編集のためのハサミを入れることで、特定の遺伝子を働かなくした生体をつくりだすことができます。実際に、過去には中国の研究者がエイズに感染しにくくなる双子の赤ちゃんを生み出したことが話題になりました。しかし、精子や卵子、受精胚にゲノム編集をしてしまうと、子孫に編集したゲノムが受け継がれてしまうため、その安全性に加えて、倫理的な問題から、この方法をヒトの治療に用いることは、現在は禁止されています。そこで、ゲノム編集を治療に応用するためには、特定の臓器や細胞のみを標的とした方法の開発が進められています。特に、肝臓や、血液の元となる造血幹細胞を標的としたゲノム編集治療が実際に行われています。

ゲノム編集治療の例(1)

トランスサイレチンアミロイドーシスは肝臓において異常なトランスサイレチンを作り出し、これが心臓や神経に沈着して臓器に障害をきたします。この病気については、ゲノム編集のための道具を、新型コロナウイルス感染症のワクチンでも利用された脂質ナノ粒子という運び屋に入れて注射し、トランスサイレチンを作り出す肝臓に届けます。すると、肝臓の細胞の中で、ガイドがトランスサイレチン遺伝子のところにハサミを連れて行き、トランスサイレチン遺伝子が働かなくなるようになり、肝臓で異常なトランスサイレチンが作られなくなることで、この病気を治療します。

ゲノム編集治療の例(2)

鎌状赤血球症は、赤血球に含まれる、全身の酸素を運ぶヘモグロビンの異常によって赤血球に三日月のような変形が生じる病気です。この変形した赤血球が壊れやすく、貧血や血液が固まりやすくなってしまいます。ヘモグロビンには、お母さんのお腹の中にいるときの胎児型と、生まれてからの成人型の二種類あり、鎌状赤血球症は成人型ヘモグロビンの異常です。胎児型の時は変形していません。胎児型のヘモグロビンは、生まれてから血液細胞のBCL11Aと呼ばれる遺伝子のスイッチが働くことで、成人型に変わります。そこで、鎌状赤血球症の患者さんの血液の元となる造血幹細胞に、ゲノム編集を行い、このスイッチが働かないようにします。すると大人でも変形のない胎児ヘモグロビンをもつ赤血球を作り出すことができ、貧血などの症状が治ります。

ゲノム編集治療の課題

ゲノム編集治療には、まだ多くの課題が残されています。ひとつは、ゲノム編集の道具を目的の臓器や細胞にとどける方法です。肝臓と造血幹細胞のゲノム編集治療が現実のものとなっていますが、様々な疾患を治療するためには、それ以外の臓器にもハサミを届ける方法を開発し、治療できる場所を増やしていかなければなりません。現在は、遺伝子を働かなくする治療が行われていますが、より多くの疾患を治療できるように、疾患の原因となる遺伝子を修復したり、新たな遺伝子を挿入したり、さらには遺伝子自体を書き換えるような様々な技術も開発が進んでいます。これらの技術の開発は日々進歩しており、ゲノム編集医療は多くの可能性を秘めています。いずれ、患者さんの遺伝子の異常を個別に修復するといった夢のような治療も現実のものになるかもしれません。

研究室での取り組み

我々の研究室では、先天性疾患に対する画期的なゲノム編集治療法の開発を行っています。単に遺伝子を破壊するのではなく、機能的な遺伝子を挿入したり、また患者さんの遺伝子変異を修復する技術開発に取り組んでいます。最終的には患者のもつ遺伝子変異を特異的に修復する技術を開発していくのが目標です。

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