Department of Biochemistry
Jichi Medical University School of Medicine

Our Research3.血栓止血病態解析

本動画の作成は2022年度 ファイザー公募型医学教育プロジェクトの支援を受けました。動画の二次利用、許可のない転載は禁止いたします。

血液は血管を介して、様々な臓器に栄養や酸素を運んでいます。出血は血管に傷がつき、血管の外に血液が漏れ出す減少です。

出血が起こった時、血管にできた穴をふさぐため、まず血小板という細胞がたくさん集まってフタをします。これを一次止血と呼びます。続いて、フィブリンと呼ばれるタンパク質の線維が作られ、網をかぶせるようにして、血小板のフタを強固なものにします。このフィブリンの線維を作る過程を二次止血と呼びます。

出血を川の堤防の決壊に例えると一次止血は、川の水の流出を一時的にとめる土のうの役割、二次止血は土のうを強くするセメントの役割と考えるとわかりやすいでしょう。

一次止血に重要なのは血液中の細胞成分の一つである血小板です。血小板は骨髄の中で造血幹細胞から巨核球への分化を経てつくられます。体内での寿命は7日程度です。無核であることが赤血球と似ています。

  1. 血小板の粘着:血管の壁に傷がつくと、ここ(コラーゲン線維)に血中のVWF(フォンヴィレブランド因子)が結合します。VWFは血中では折りたたまれていますが、血管のコラーゲンに結合すると構造が進展し、血小板と結合することができるようになります。このVWFと結合するのが、血小板上のGP(糖蛋白)Ib/IX/V複合体です。
  2. 血小板の活性化:血管壁に結合した血小板はコラーゲンやトロンビンによって活性化シグナルが細胞の中に伝達され、様々な物質(ADP、セロトニン、トロンボキサンなど)を細胞外に分泌して、さらに血小板が活性化します。
  3. 血小板の凝集:活性化した血小板はGPIIb/IIIa(インテグリンαIIbβ3)が高親和性となり、血中のフィブリノーゲンと結合し、血小板同士が結合して凝集塊を形成します。

二次止血は凝固因子が作用します。凝固因子は主に肝臓から作られるタンパク質で、その多くが酵素です。複数の凝固因子の酵素反応を経て、最終的にはフィブリノーゲンをフィブリンにします。このフィブリノーゲンをフィブリンにする酵素がトロンビンと呼ばれる物質です。二次止血の進行を決めるのが、トロンビンの生成になります。

  1. トロンビンによるフィブリンの形成:フィブリノーゲンは両手がD,体がEというフラグメントで構成されています。E部分にフィブリノペプチドという部分があり、この部分の陰性荷電がつよいため、フィブリノーゲン同士は反発して血中では結合することができません。トロンビンが、このフィブリノペプチドを切断して、フィブリンとして、フィブリン同士は規則的に結合しやすくなります。最終的に隣同士のフィブリンのDとDを活性化第XIII(13)因子が架橋結合させて、より強固なフィブリンとします。
  2. トロンビンの生成(共通系):トロンビンは活性化第II因子です。プロトロンビン(第II因子)として血中に存在します。プロトロンビンが、活性化第X因子(FXa)によって切断されてトロンビンとなります。このプロトロンビンのFXaによる活性化(切断)には補因子である第V因子が重要です。第V因子が基質となるプロトロンビンと酵素のFXaを近づけて、この酵素反応速度を数10万倍にします。この酵素反応が活性化した血小板の膜(陰性荷電となるホスファチジルセリン)を利用することで、凝固因子の反応を局所に留めることができます。
  3. 内因系と外因系:トロンビンを生成するための第X因子の活性化経路に外因系と内因系の2つの経路があります。凝固因子の活性化反応は外因系からスタートしますが、内因系よりも、第X因子を活性化する力は弱く、約1/50の力しかありません。そのため、十分に凝固因子の反応を進めるためには内因系が重要です。凝固因子の反応を車のスピードに例えると、ガイン系はエンジンをかけるスタートボタンの役割、内因系は車のスピードを出すアクセルの役割と考えるとわかりやすいでしょう。

凝固因子の反応が進みすぎると血栓を引き起こす可能性があるため、これを適切に制御する機構があります。それが抗凝固反応と線溶です。

  • 抗凝固反応:抗凝固反応として重要なものは、1)アンチトロンビン、2)プロテインC・プロテインS・トロンボモジュリン系です。アンチトロンビンはトロンビン、活性化第X因子などの活性化凝固因子に直接結合して、その酵素活性を阻害します。車のフットブレーキに相当します。一方、プロテインC・プロテインS・トロンボモジュリン系は車のエンジンブレーキのように機能してます。つまり、スピードであるトロンビンができればできるほど、ブレーキをかけるのです。トロンビンは血管内皮細胞上のトロンボモジュリンと結合します。この複合体がプロテインCを活性化し、プロテインSを補酵素として、活性化第V因子、第VIII因子を切断します。
  • 線溶反応:できたフィブリン血栓を、血管内腔をふさがないように適切な大きさに調整しています。プラスミンという酵素が重要です。プラスミンはプラスミノーゲンからプラスミノーゲン活性化因子(アクチベーター)の作用により生じ、フィブリンのEとDの間(腕)を切断します。Dダイマーという検査値がありますが、これはフィブリンの隣同士のD-Dがプラスミンにより遊離した物質を測定しています。

凝固因子の中で第VIII因子(FVIII)または第IX因子(FIX)が少なくなることによる遺伝性の出血性疾患です。二次止血がうまくいかなくなります。第VIII因子が少なくなる場合を血友病A、第IX因子が少なくなる場合を血友病Bと呼びます。

様々な場所での止血困難が生じますが、中でも日常生活を困難にするのが関節内の出血です。関節内出血が進むと、関節の痛みが生じるほか、変形によって動きが悪くなることで、歩行が難しくなったり、顔を洗う・歯を磨くといった日常生活の動作にも支障をきたすこともあります。

血友病の存在は古くから知られており、昔、英国のビクトリア女王の子孫に、相次いで出血が止まりにくい男子が生まれ、当時「王家の病気」と呼ばれていました。この病気では血液を固めるしくみが働いていないことがわかり、血友病を意味する「ヘモフィリア」という言葉が使われるようになりました。

さて、ビクトリア王家の例でもわかるように、血友病はほとんどが男性に発症する病気です。それは、他の凝固因子と異なり、FVIIIとFIXの遺伝子がX染色体上に存在するためです。女性であれば、X染色体上の遺伝子に異常があっても、もう一方の遺伝子がその働きを補ってくれるため、病気になることは多くありません。しかし、男性の場合、X染色体を一つしかもちません。そのため男性では、X染色体上の第VIII因子や第IX因子の遺伝子に異常があると、これらの因子が作れずに、血友病が発症してしまいます。

血友病に対する治療としては、まず1900年代前半より、凝固因子を補充するために輸血が行われました。しかし、仮に正常なヒトの半分程度に血液の中の凝固因子を上昇させるためには、血液の半分に相当する2.5Lもの血液を必要とするため、非常に効率の悪い方法でした。その後、血液中の凝固因子を濃縮した濃縮凝固因子製剤が開発され、すくない投与量で止血ができるようになり、治療は大きく進歩しました。しかし、濃縮凝固因子製剤をつくるためには、多数の人から集めた血液を必要としました。1980年代に、海外の人の血液で作られた製剤にHIV、いわゆるエイズウイルスに感染した方の血液が混入してしまい、その製剤の投与をうけた多くの血友病患者さんがHIVに感染したため、大きな社会問題に発展しました。これがいわゆる薬害エイズ事件です。その後、モノクローナル抗体で血液から凝固因子だけを集めたものに加え、ウイルスの不活化•除去処理をした製剤が使用されるようになりました。一方、1980年代には、バイオテクノロジーの進歩により、凝固因子の遺伝子が発見されました。そして、凝固因子の遺伝子を細胞に組み込み、細胞に凝固因子を大量に作らせることで、血液を使わずに凝固因子製剤を作る技術が開発されました。

凝固因子製剤の安全性は高まりましたが、凝固因子の寿命が短いことが課題でした。血液中では1日も経たずに半分になってしまうため、患者さんは子供の頃から出血の予防のために、週に2~3回注射をしなければなりません。最近では凝固因子の寿命を伸ばす工夫や、糖尿病のインスリンのように皮下注射で治療が可能な画期的な薬剤も登場してきて患者さんの負担はだいぶ減ってきています。また、1回の治療で治療効果が長期的に期待できる遺伝子治療の開発も進んでいます。

-我々の取り組み

我々は血友病に対して長期に治療効果が期待できる血友病やゲノム編集技術の開発を行っています。また、複雑な止血反応を基礎医学の観点から解明していき、診断や治療に応用することを目指しています。

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